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2007年08月 アーカイブ

2007年08月08日

韃靼ラーメン 一秀

私にとってのラーメン屋3選というと、現在のところ一秀、板橋マル二郎、中本池袋の3点であろうか。そのなかでも一秀との付き合いは長い。その割にはここには書いてなかったので整理の意味で書いてみる事にする。

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そもそも、私はラーメンが嫌いだった。少なくとも外で食べるものではなかったし、親が作ってくれるラーメンも趣味には合わなかった。唯一味がごまかせる味噌バターラーメンしか食わなかった。
ところが大学時代、この状況が一変する。
当時バイトをするために研修を受けていた某塾の同僚が誘ってくれたラーメン屋が「土佐っこ」という環七の名店であった。いわゆるあぶらぎとぎとラーメンで、よく番組にも取り上げられていた。ちょうど第一次のとんこつラーメンブームであり、チャッチャ系のカリスマ的存在であった土佐っこには一瞬にしてほれ込んだ。最初のうちは女性がよりつくところではなかったが、ブームにのって女性も徐々に増え毎度1時間弱の行列を並んでは5分でラーメンを立ち食い。

「赤い箸の方」「白い箸の方」という2ターンがおよそ5分のサイクルで延々と繰り返される。赤い箸は紅しょうがで後ろを染めた箸で白い箸は普通の割り箸だ。上記のコールで新しいラーメンが出される。この間、お客は織田信長の鉄砲隊よろしく赤と白が前後入れ替わりつつ毎度17食づつ作られるラーメンを消費し続ける。これが夕方6時から翌朝4時まで休まず続くのだ。この中に混じってラーメンを食べているのが幸せだったし、ここ以外でラーメンを食おうとは思わなかった。

ところが、この土佐っこがある日を境に突然別の店に変わってしまう。後から聞いたところによるとオーナーがお金を持ち逃げしたとかなんとかいう話だが、ともかく突然土佐っこが1週間研修に入るという札をだして休みになり、その研修があけた日、いつもなら30分程度の行列に90分並ばされ、しかしながら食券販売機が入り、赤い箸が無くなった不思議な土佐っこを見る。出てきたラーメンは表面にべっとりとしたラードの層がある食えたものではないものだった。このとき初めて私は土佐っこが無くなった事を知り愕然としたのだった。

なぜオーナーが逃げたのかはよくわからないが、当時土佐っこはブームにのって新宿やら松戸やらいろいろなところに支店を作っていた。それがバブル崩壊の頃にあわせてどんどんこてこてラーメンの人気も下がり閉店が続いていた。そんなことが関係しているのかもしれない。

そのときから私のラーメン行脚が始まった。これは土佐っこに代わる好みのラーメンを探す旅だった。当初池袋に土佐っこの支店があるので、そこで食べていた。確かにそこのスタッフは土佐っこにいた人たちで一安心だったが後から味が変わっていき、どうしても納得行かないものになってしまった。恐らく麺の種類が変わったのではないかと思われる。そこでそこを離れて練馬にも支店らしきものがあるというので、そこをチェック。ここも最初のうちはよかったがまた味わいが途中で変わってしまう。ここも撤退。

その後もとんこつ醤油ラーメンを捜し歩く日々が続いた。麺につてはつるや製麺の、あの麺でなくてはならない。スープはやはり豚オンリーで、ダブルスープとか魚が入っているのはもってのほかである。魚だけのラーメンなんてのはラーメンとはいわない。あれは蕎麦である。豚と鳥までしか許さない。頑固系のような牛骨もあまりうまくない。やはり豚豚豚。そして上質な背油、麺が真っ黒に変色するようなしっかりと味のついたスープ、そして固ゆでの卵。しっかり色のついたメンマ。これは最低条件であり、かつ必須条件であった。

しかし何十件歩いても同じラーメンは出てこない。やはりギトギトしたラーメンは敬遠される時代に入っていたからであろう。車で1時間以上もかけていろいろなラーメンを食べるがやはり失望の毎日。

あきらめかけていたときに結構我が家の近くに平太周というラーメン屋がオープンする。見た目にこだわらないその店構えに引かれて入ってみるとなんとも懐かしいあの土佐っこそのものの味がする。見た目がある。感動して毎週通うようになった。平太周とは店のオーナの名前を1文字づつ取ったものらしく、平は平山さんという店でラーメンを振るうおっちゃんからきているらしい。毎週通ううちに顔を覚えられ話をするようになった。

しばらくすると平山さんが引退するという。残念に思っていると今度は別の店を出すという。それが現在の一秀である。平太周から平山さんがいなくなった後、しばらく平山さんの息子さんが店を継いでいた。この人も今は一秀に移り、最近しかしながら姿を見せなくなっている。

いろいろ話を聞いていると、土佐っこはオーナーが代わり、なすびというラーメン屋になった。しかしあまりに味が酷かったので客が去り始め、昔の土佐っこの味を復活させようという動きが出てくる。そこに参加したのが平山さんたちのようで、そこで研究を続けたようだ。その後土佐っこの元オーナーがなすびのあった場所を受け継いで今度は下頭橋ラーメンという店を作る。しかし、これは全く土佐っこと違う味で(麺が違っていた。妙に加水率の高い麺を使っていた)いつのまにか閉鎖されている。(店はどうやら常盤台のSB通りに移ったようだ。)

そういうわけで今正当にとさっこの味を受けついているのは一秀である。
そんな一秀は私の中ではつねにNO1のラーメンである。

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